もっと本品堂 — ハンケチ

ハンケチができるまで

ハンケチができるまで

特別な一枚ができるまで   ハンカチ という商品は難しい。「難しい」といっても、実は作る側にとっての話だ。  誰もが一枚は持っている「ハンカチ」。一枚の布の、四辺を縫ったもの。 数ある布製品の中でも、とびきりシンプルな物の一つだ。そして、だからこそ一見して違いが伝わりにくい製品でもある。     売り場で目に飛び込んでくる、様々な「色」や「デザイン」。おそらく多くの人が、ハンカチ を選ぶ基準にしている所だろう。でも生地の種類や品質は、もう少し意識を向けなければ分かりにくい。吸水性が良いかどうかも実際に使ってみないとわからない。店頭にたくさんのハンカチが並んでいても、その中で品質の良し悪しまで見分けてもらうことは、簡単ではない。     長年作り続けている製品なのに、実はずっと悩み続けてきた。「どうすればハンカチ の魅力が伝えられるか?」生地の品質、柄のデザイン、ハンドプリントに縫製の技術。48cm角の四角い布には、日本各地の優れた職人達の仕事が詰まっている。今まで一流のバイヤーさん達がその品質を高く評価してくれる一方で、僕自身がその魅力をうまく言葉にすることができずにいた。 今回、改めて本品堂の「ハンケチ 」について、言葉を重ねてみようと思った。本品堂のハンカチを支える素材と技術、そしてそこに関わる人々の想いを追いながら、製品が作られる背景をご紹介してみようと思う。様々な想いがこもり過ぎて、結果的に少し長い記事になってしまったけれど、読んでもらえると嬉しい。       人に教えたくなるような「布」   店頭でハンカチを見て、使われている生地の名前がパッと出てくる人は、よほどファッションが好きか、布に関わる仕事・勉強をしている人だろう。 でも普段、布の種類なんて気にしない人でも、実際に使うときには感覚的に違いを感じているはず。肌に直接触れるハンカチでは、生地のすべる感触や、吸水性の良さが身体にとっての「心地よさ」に直結する。自分の持ち物の中でも「気がつくといつも使っている、お気に入り」があると思うけれど、これは自分の「無意識の感覚」が選んだ一枚。頭で考えるのではなく、五感が「心地よさ」を感じ取り、その人にとっての「良いモノ」を選んでいるのだと思う。     実際に肌に触れて使ってもらえば、魅力を(文字通り)感じてもらえる事でも、お店の棚に並んだ状態でその違いを伝えることは難しい。同じコットン100%の生地でも、織りの種類や糸の太さで、生地の表情はさまざまに変わってくる。でも色鮮やかな商品がひしめく店頭で、(見た目には)小さな違いに目を向けてもらう事は容易ではなく、いつも僕たちを悩ませる。     生地の織りというのは不思議な世界だ。もともと直線である一本の「糸」を縦横に織りなすことで、平面の「布」を作り出す仕事。サラッとした生地、なめらかな光沢のある生地、ザックリした風合いのある生地。糸の種類・太さ・密度、そして織り方によって、様々な表情の生地が生み出されてゆく。   本品堂のハンケチは、デザインごとに何種類もの生地を使い分けている。柄のデザインと素材の最良の組み合わせ、そして生地ごとに異なる風合いの魅力を、感じて欲しいという考えからだ。美しい光沢を持つ「60サテン」、独特のハリとシャリ感が特徴の「タイプライタークロス」、空気を包むような透け感が美しい「長極細ローン」。それぞれ違った個性と、魅力を持っている。 【60サテン】 美しい光沢感を持つ、綾織の生地。本品堂でも多くの柄に使われている。60番手という標準的な太さの糸で織られた生地で、適度な厚みとボリューム感のある生地。しっかりとした吸水性を持つと同時に、エレガントな光沢とのバランス感が良く、使い勝手に優れる。     【80/100タイプライタークロス】 強めの捻(より)をかけた糸を、高密度の平織に仕上げた生地。独特のハリとシャリ感を持ち、高級なシャツ生地などに使われる。「格子行儀」に使われる「80/100タイプライタークロス」は、縦糸に80番手、横糸に100番手の細糸を使い、超高密度に織り上げた生地。「タイプライター」の名前は、もともと文字を打つタイプライター機械のインクリボンに使われた事に由来する。非常に丈夫な生地だが、極細番手で織られたこの生地は、サラリとした肌触りと同時に、上品な艶感も併せ持っている。     【ローン】安価なハンカチ用生地としても利用される平織りの生地だが、これは極細の100番手糸を高密度に織り上げた、特別なローン生地。透け感が美しく、空気をはらんだような軽さが特徴だが、光に当たると上品なツヤ感を見せるのは、良質な生地の証拠。        もちろん、商売の効率を考えれば、全て同じ種類で統一して仕入れる方が良いのに決まっている。でも、あえて非効率な製品作りを続けているのは、もう一つ「機屋(織元)さんの優れた仕事を紹介したい」という想いがあるからだ。     残念なことに、日本国内の織元(生地を織る工場)は、年々減り続けている。職人さんの高齢化や、安価な海外製品に押され廃業を迫られる工場も多い。そんな苦しい状況の中でも「国産の良い生地を届けたい」と今日も織機に向き合う職人さん達がいる。丁寧に織られた生地は、丈夫で、美しい。そこには織元さんの、布への愛と情熱がいっぱいに詰まっている。たかが一枚の布だけれど、布の中には僕たちの心を打つような仕事がある。そんな素敵な仕事がこの日本にあることを誇らしく思うし、その価値をみんなにも知って欲しい。   そう、とどのつまり、僕は「みんなに、知らせたい」のだと思う。 「ねえ、見て見て!スゴイのがあったよ!!」子供の頃、友達と遊んでいて珍しいモノを発見した時の気持ち。自分が見つけた素敵なものを、みんなと分かち合いたい−という気持ち。     おそらく、その想いは僕がキモノの「型紙」と出会って衝撃を受けた時から変わっていない。「自分が感動し、心揺さぶられたものを、人と共有したい。」それが原点となって、僕は20年前に本品堂をはじめた。  一見すると、どれも同じような白い布。でもそれぞれの生地には、職人の技術と熱意が、いっぱいに詰まっている。      無限の色を再現する    真っ白な生地=反物に柄をつけていく工程は、一般に「プリント」と呼ばれる。 用途や規模によって様々なプリント技法があるけれど、本品堂のハンケチを作っているのはシルクスクリーンの中でも「ハンドプリント」と呼ばれる技法。写真製版された版の上から「スキージ」と呼ばれるゴムベラで、職人がひと型ずつ染料を刷り込んでいくやり方だ。(ちなみに「シルクスクリーン」は直訳すると「絹の版」。技術としてはイギリスで発明されたものだが、その元になっているのは本品堂工房でも使っている、キモノ用の「型紙」。実は日本の伝統技法をヒントに発明された技法!)   
 この工程を担当してくれるのは、山形県鶴岡市にある「芳村捺染」の職人さんたち。(※1) 芳村捺染は、高級シルクスカーフのハンドプリントを中心に、高い技術で国内外ブランドの製品を手掛ける工場だ。随分前のことだけれど、仕事でお世話になっていた方から紹介いただいたのがご縁の始まりだ。丁度プリント加工をお願いできる工場を探していたところ、 「芳村さんだったら、ポンピンさんの仕事でも間違いないよ。」 モノづくりに対し要望の多い僕たちに半ばあきれながらも、ここなら大丈夫だろうーと紹介してくれたのだ。以来、気が付けば10年以上ずっとお世話になっていて、僕たち工房のモノづくりにとって欠かすことのできない協力工場の一つだ。     プリントに於いて大切な要素のひとつが「色」。 「デザインした図版を、意図した通りの色で再現する」言葉にすると当たり前のように思えるけれど、実はこれが簡単なことではない。同じ調合の染料を使っても、生地の織り・厚み・版の柄ゆきによって仕上がりの発色に大きな差が出てくる。つまり「狙った色=ゴール」にピタリと寄せるためには、素材や摺りの加減といった要素を考えながら、必要な色を逆算する必要がある。     本品堂のハンケチの色は「色帳=いろちょう」と呼ばれる、着物用の染色見本帳から再現しているものが多い。相方・工藤のお祖父ちゃんの代から使っている色帳には、シルク生地の色見本が貼り付けられており、色名も全て「海老茶」「納戸色」「松葉色」と日本の伝統色名が振られている。     「色見本を送るなら簡単そう」と思われるかもしれないが、実はこれも単純な話ではない。前述の通り、色帳に貼られているのは「シルク」の生地だが、ハンケチの素材は「綿=コットン」。素材が違えば使用する染料も異なるし、調合される助剤も全く違ってくる。何より、絹=シルクは光沢が強いため生地の発色に奥行きと彩度があり、それがシルク独特の美しい色合いの特徴ともなっている。     本品堂で使っているハンカチ の生地は、綿の中でも上質なため光沢感を持つものが多いが、それでもやっぱりシルクの輝きとは違う。コットンの特性を理解しながらも、シルクの色合いに近づけていく色合わせ。毎度、面倒な仕事をお願いしているなぁ…と思ってしまうが、職人さんは眉間にシワを寄せながらも黙々と色を調整してくれる。     工場には色の調合を数値化してくれるPC上のプログラムもあるのだけれど、ここで出てくる数値はあくまでだいたいの目安にしかならない。やはり生地やデザインにあわせた微妙な調整が必要で、最後はコンピューターより人間の出番となる。ベテランの調色担当さんの頭の中には過去の製作例の膨大なデータベースが詰まっていて、数種類の染料の組み合わせで、あらゆる色を再現してくれる。工房から送った生地見本とデザインを見ながら、染料の配合を微調整していく姿は独特の緊張感が漂っていて、僕たちは少し離れたところから、その作業を見守るばかりだ。     調色用のデータが決まると、別のスタッフの手によって「色糊=いろのり」が作られる。染料をプリントしやすいようゲル状の基材に混ぜたもので、正確な計測と、丁寧な攪拌が大切な工程だ。色糊が完成すると、数cm角の小さなスクリーン(版)で試し刷りを行う。これは「コマ摺り」などと呼ばれ、本番と同じ生地を使って、色糊の調合が狙い通りの色になっているかどうかを確認する。問題がなければ一発合格。微調整が必要な場合は「もう○○%グレーを増やして…」などと指示を伝え、再度色を調整してもらう。     「たかが色、されど色」 以前、どこかの画家が言っていた言葉だ。   どんな模様やデザインも、色と組み合わさることで初めて僕たちの眼に届き、心に響くものとなる。僅かな差が、人の心を大きく震わせる色の違いを生み出す。こうして、ようやくデザインを再現するための「色」が決定する。    
※1 とても残念なことに、芳村捺染さんは2021年春で工場を閉じられてしまいました。現在は同様の技術を持つ別の協力工場さんに製作をお願いしています。以前工場に取材に伺った際の温度感をそのままにお伝えしたかったため、この文章は当時の状況を元に書いてあります。 
        真っ白な布地に、色の花を咲かせる   幅115cm、長さ約50m。  ...

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